【学習法】僕は本が読めない【気にするな】

Twitchのビデオ配信にミスって、かなーりブルーな気分です。

あーもう記事の更新いいかなぁとか思いましたが、書きますよ。

書きたいから。

 

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今回は自分の最大のコンプレックスの話をしたい。

何をして生計を立てていきたい?

現段階の回答をするなら「よくわからない」というのが本音だったりする。

 

世の中には好きでもない仕事をしながら生きている人もいれば、自分のやりたいことをビジネスにして生きている人もいる。

私は前者ではなく後者でありたい。

それは間違いないことだ。

 

少なくともそっちの方が辛いかもしれないが、死ぬときに後悔しない確信がある。

根拠を出せと言われると難しいが、直感でそう思うのだ。

こういう時は理屈こねるより、直感のほうが的を得ることが多いから、僕は僕の直感を信じる。

 

そのためには情報の収集やビジネスの仕方を知っていくなど「学習」が重要になるのだが

ここで僕のコンプレックスが大きく出てくるのだ。

タイトルは本当にマジな話。

ここでカミングアウトしておく。

自分は本を読むのが大の苦手である。

書くのは好きだが、読むのはホントに苦手なのだ。

 

文字を集合体としてしか見れないといえばわかるだろうか?

1ページに長い文章があるとその時点で読む気が失せてしまう。

そうなると文字の流し読みが始まってしまうわけだ。

全く内容が頭に入らず、勉強や学習が非常に困難である。

 

さすがにこれじゃいかんと思って、電子書籍を買ってみた。

しかし、その電子書籍も相変わらず置物。

もうたぶん、本を読む習慣がついてないんだろうなと感じている。

なんというか、落ち着いてじっくり読むというのができない。

これはもう直せないんだろうなと悟った。

本だけじゃなくて聞く能力も低いんだよねぇ

これの何が問題かというと、「学習能力」が皆無と言っていいことだ。

実は自分はもう1つコンプレックスがあって、人の話が時々素通りしてしまうことだ。

 

長い話の途中から言葉じゃなくて何かの塊にしか聞こえない感覚だ。

「この飲み物を上にいる〇〇さんに渡してきて」と言われたら

「この飲み物~~~~~~~~~~~~~てきて」くらいにしか聞こえなかったりすることがある。

というか、結構頻繁だ。

そして何を言ったかわからなくなるまでがいつもの流れである。これで何度も苦労した。

 

話を戻すと「書物や本だけが読めない」だけならまだよかったが「聞く能力も微妙」というのが合わさり

物凄く最弱に見える。そんなんで大丈夫なのか?と言われても、どうしようもない。

大学時代から気づいていたので直そうといろいろやってみたが、全くと言っていいほどダメだった。

ボイスレコーダーを用意して録音して、やっと話の半分がわかるくらいだ。

大体一人でできる学習方法って本やブログからなんだけど?

よく成功体験系統の話だと、「本を読むといい」という話を聞く。

しかし、これは自分には非常に難しい。

それは、本を読めないから。漫画なら読めるけども。

 

読めないというのは語弊があるから補足するけど、読めるのは読める。

しかし、物凄くエネルギーはかかり1日2,3ページくらいが限界。

これ本を読める人なら、「嘘だろ?」と思えるレベルだろうが、大マジなのだ。

すぐ疲れて読めなくなってしまう。

 

そして本、文章はどんな学習にもかかわってくる。

勉強も基本的に文章だ。参考書や教材も文章だ。ある程度は長いことを覚悟しなくてはならない。

それで家には読んでいない本がいくつもある。数えたくないくらいに。

普通の学習法じゃ学べないの。

こんな人は僕以外にも少なからずいると思う。いてほしい。(願望)

その人に「同じ穴の貉」の人間として、言えることがあるとすればこれだ。

「自分が今までにやっていなかったことをやれ」ということだけだ。

 

書物から学ぶのではなくデータや経験から学んでいくしかない。

データは一瞬見ればすぐわかるし、文章というものはあんまりない。

グラフなどの図であることが多いから。

経験は自分の中に蓄積される。これは勘や直感に活かされるから、十分学びになってくれるはずだ。

本を読むことを勧められるかもしれないが、苦手なことをして学べるほど人間よくできていない

苦手なことはやめて、自分の学べる方法で学んでいこう。

結論!

自分は本や小説で倫理観や感動を学べるほど、頭がよくないんだ。

自分で必死に書いてまとめたノートすら、見れない人もいるはず。

それにコンプレックスを持っている人はいるだろう。

 

どうしても「世の中」では本を読めるというのが暗黙の前提になっている節があるから。

読めない人はそうそういないだろうみたいな、肩身の狭い思いをするかもしれない。

自分でもあんまり「本が読めない」とは認めたくはなかった。

 

とりあえず本が読めるって人には、この世に「本が全然読めない、読むのがマジで苦痛」という人もいると知ってほしい。

そして本が読めない人には、無理して本を読んで学ぼうとするな。

自分がやっていて面白い、楽しい方法で学習していった方がよっぽど向上が見込めるよ。

後は、お互いに認め合ってほしいかな。

本を読めないからって「頭がすごく悪い」とまでは思ってほしくないかな。

 

そんなところ。

暗い話になったからちょっと明るい話を。

本を読めないって人は、せっかちであるかもしれない。

「落ち着いて本を読めない」というのであれば、おそらく余裕がないのだ。

それは時間かもしれないし、はたまた気分の余裕がないのかもしれない。

少なくとも自分の場合は「落ち着いて本を読むことができない」ので、

もしかすると時間の余裕を作られたら、本を読むことは可能になるかもしれないのだ。

 

希望があるってのはいいよ。まだ自分に可能性があると思える。

 

おしまい。

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