選べないって不幸だね。

思ったことを気ままに書きます。

私はあくまでも、強制されず自由に生きたいから。

 

今日は「選べない」ことの不幸さについて語っていきたいと思います。

強制される人ほど「不幸せ」に近づく

最近考えていましたが、「強制」って百害あって一利なしではありませんか?

人間は感情の生き物なので、強制したところで感情まではコントロールできないです。

感情が生み出すエネルギーは、予想以上に大きいです。

 

好きなことは勝手に「止めろ」と言われてもやるでしょうが

嫌いなことは「やれ」と言われても、極力サボるでしょう。

サラリーマンというのは後者の人で「強制されている立場」の人かと思うのです。

案外日本は自由ではないよね

外国は日本と情勢、経済が異なるのであくまで日本で縛りました。

悲しい話、日本ってあまり自由度が高くないと感じるのですね。

それは、自由と謳っておきながら「暗黙の強制」に近いモノが多くあることです。

 

例えば、大学・会社に就職は本来強制されません。

ですが、ほとんどの方は「大学に入れ」、「会社に就職しろ」と遠まわしでも直接でも言われたことがあるのではないでしょうか。

それは「大学に入らないとまともな生活ができない」「会社に就職しないと、まともな生活ができない」と感じられる情勢だからです。

 

つまりは「大学に行かなければ、底辺生活」という先入観があり

「大学に行けばまともな生活だけは得られる(就職という意味で)」と教わったと思うのです。

 

そうなれば大半の人は、大学の進学をこう考えるでしょう。

「大学に行けば底辺生活だけは免れる」とね。

そう考えたら、「大学に行きたくない」という話が知り合いから来たら、こう答えるのではないでしょうか?

「まともに生きられないよ?」と。

「暗黙の同調圧力」をどう考えるか?

大学進学の例を先ほどは出しましたが、これって暗黙の同調圧力ですよね。

要は「大学に行っとけば安心だから行けよ」というのを「大学に行けばまともな生活ができる」とさもメリットのように話すもんだから、勘違いしてしまう。

そして勘違いした人の大半は、就職や大学に入って気づくはず。

これで本当に「幸せなのか?まともな生活が送れるのか?」と。

 

日本人ってあんま幸せそうじゃないよね

これは特に上の世代である人こそ、言いたいのですが。

日本ってちょっと不思議な国で、サービスや福祉が豊富なのに日本の人って「幸せ」だってあまり言わないですよね。

ほとんど「食事がおいしいから」幸せとか他の場所よりは楽だから幸せなど

物凄く妥協的幸せが多い気がするのです。

 

「サービスは諸外国と比べて非常に良いといわれているのにも関わらず」です。

この現実が日本の幸福度を下げている要因なんじゃないのかと感じます。

 

周りの人を見てみてください。

みんな幸せそうですか?

なぜかみんな幸せではなさそうな顔をしていませんか?

日本には結構な「格差がある」という事実

なぜ不幸になるのか。

それは日本に格差があることに他ならないです。

 

例えば、富裕層とサラリーマンでは明らかに幸せになれる確率は変わります。

富裕層であればお金はありますから、ある程度の行動、生活は自由です。

 

日本はある程度のお金があれば、働かなくても生きていけますからストレス自体はたまらないでしょう。

サラリーマンに関しては、サラリーマンという単語をGoogle検索かけてみてください。

80%くらいがこの働き方、生き方に物申しています。

 

個人的には人生の不幸度だけで言えば、サラリーマンはたぶん最強なんじゃないかと感じます。

要はもっと寛容になってください。政府だけじゃなく日本人全体で。

日本人なのにここまで日本をディスるのは、変わらないといけないと感じるからです。

もうはっきり言って日本は先進国とは言いにくくなりつつあります。

会社に勤めるってもう幸せな働き方じゃない

まず「会社に勤めて働く」という生き方を冷静に考えてほしい。

特に大学進学や就職をする子供を持つ親は本当に考えてほしい。

この生き方が本当に、本人にとって幸せなのか?本人のためになるのかを考えてほしい。

「皆がやっているから」じゃない。

本当にその生き方を選んで後悔しないかを、真剣に考えてほしい。

日本では暗黙の同調圧力のせいで、一度普通の道を通るとそこから外れることを許されにくいきらいがある。

 

電通の過労死事件は有名だが、自分の会社にはそんなことは起きないと思っている人はかなり甘いと思う。

過労死まではいかなくても、残業が蔓延化する会社はたくさんある。

果たしてその生き方が、幸せかというのは本当に考えるべきだ。

 

誰も自分の幸せなんて保証してくれない。たとえ親であっても

「普通」と違うことを非難しないで

人間の「普通」という尺度は非常にあいまいで無責任だ。

大半はその人にとっての「普通」でしかなく、「一般」とは異なる場合が多い。

だから、その人にとっての「普通」は他人から見たら、「異常」な可能性だって十分ある。

 

我々が「異常」な人を見たところで、非難することはできない。

それが法律に冒しているようなことならば、明らかな「異常」だ。

でもそれが法律に冒していないようなことなら、それはただの「差別」だ。

 

差別は人の感情や性格を歪ませてしまう。

差別をする人は総じて心が貧しくなる可能性が高い。

だから、その差別をやめてほしい。

まとめ

今回は選べないという不幸について話しました。

この記事で言いたいことは、主に3つです。

  1. 日本人が不幸だと思うのは、暗黙の強制があり、それを受けているから
  2. セオリーと異なるということに寛容になってほしい
  3. 暗黙の強制に従わせる、従うのは百害あって一利なし。

ということです。

 

今日はこれで終わります。

 

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