やる「失敗」とやらない「失敗」

今回は失敗について考えていきたいと思います。

世間一般では失敗とは「やったこと」に対してのものと認知されています。

ですが、わたくし個人からいわせてもらうと失敗とは「やらなかったこと」だと思っています。

 

その理由を今から書いていきます。

失敗の定義

「失敗とは何か」について、グーグル先生に聞いてみました。

すると以下のような返答が返ってきました。

名](スル)物事をやりそこなうこと。

方法や目的を誤って良い結果が得られないこと。しくじること。

確かにこの定義としては、失敗は「結果が得られない」こと、「やり損なう」ことですから

あくまでも「した」こと対するものだと考えてしまいますね。

世間が言う「失敗」とはあくまでもそういう「成果」であると感じる

よく何かしたら失敗した!って言っちゃうと思いますが

それは「改善点を見つけられた成果、結果」であり、「失敗」ではないと思うんですね。

気づいただけ次のステップへと踏み出せますし、分析もできますから。

 

だから自分がやったことに対して、「失敗したなぁ」って思ったら良い成果が得られているってことなんだと感じます。

結局「失敗」という単語のイメージが非常に悪い

この記事読んでいる人がいたらですが、「失敗」にどんなイメージがありますか?

多分大半の人が悪いイメージを連想すると感じます。

 

実際、仕事とか学校とかでよくあったと思うんです。

「失敗」したら怒られる、就活に「失敗」したら良いところへ行けない…とかね。

大体「失敗したら『悪いイメージ』」というフレーズでこの単語は使われますよね。

 

少なくとも周りで「失敗」したのでラッキーだったとか、

良いイメージで語る人は極わずかしかいないのではないでしょうか。

 

それぐらいこの「失敗」という単語には悪いイメージが含まれています。

多分「失敗」を一括りにしすぎなんだよね

日本人、というより生きている人々全てで失敗を一括りにしすぎだと感じます。

有意義な「失敗」と、本当の意味で無価値な「失敗」を同じ単語で伝えるから悪いんです。

前者は「成果」といえばいいじゃないですか。そのほうがマイナスイメージも付かないし、次へつなげようと考えるでしょう。

「失敗」って考えたら、先ほど述べた「怒られる」とか「つらい」などのマイナスイメージが付いてきちゃうので、成長が見込められなくなるんですね。

 

有名なことわざに「失敗は成功の基」(失敗は成功の母とも)というのがありますね。

ここでいう「失敗」は確実に前者の有意義な失敗です。つまりは「成果」です。

その成果が積み重なっていけば、「成功」になるのは言うまでもなく想像がつくでしょう。

結局、「失敗」という単語について、我々日本人は1色多にしすぎだと感じます。

無価値な失敗とは何か

ここで、もう一度失敗の定義を確認しましょう。

名](スル)物事をやりそこなうこと。

方法や目的を誤って良い結果が得られないこと。しくじること。

「物事をやりそこなうこと」=「やらないこと」だと考えられませんか。

 

なぜやらないことが無価値な失敗になるかというと、何も得られているものがないからです。

そもそも「結果がない」から最悪

人生で一番後悔するといわれているのは、「やらなかったこと」だといわれています。

あの時、やっていればよかった。若いうちにもっと遊んでおけばよかった…など。

これは明らかに「『やらなかったこと』に対する失敗」を謳ってますよね。

 

で、もしこの人たちの話を聞いて、家族や子供にアドバイスをするとしたら何てするんでしょう?

「やれ」としか言えませんよね。

どういった風に遊べばいい経験になるよ、とか具体的な対策や提案って絶対にできませんよね。

 

逆に自分がやらなかったことに対して、どうすればいいかと考えた場合どうなるでしょう。

ほぼ100%「やらないとわからない」という結論に帰結します。

推測で考えて上手くいくほど、簡単に世界は回っていませんからね。

 

やらないとどうすればいいか対策や改善案すら出せませんから、ひどいものです。

これこそが「無価値な失敗」だと私は感じます。

なぜやらないことが悪いことなのか?

「やって失敗するくらいなら、やらないほうが辛くないしいいじゃん」

そう考える人がいると思います。

実際私も大学生まではそう考えていました。

 

でも、世の中が変わってきてもう「やらないこと」にメリットがなくなってきたのです。

無価値な人の居場所はどんどんなくなっていく

今まで単純な作業や誰でもできる作業にも人員が必要だったりしました。

また、「個人」にそこまで大きな価値を求められていなかったので、別に無価値でも問題なかったんです。

しかし、今ではインターネット上で個人が台頭してきました。

有名なブロガーや個人で会社経営する人、フリーランス、在宅ワーカーなど組織で働く、活動する人たちが増えてきたのです。

そしてその人たちの活躍が会社並、もしくはそれ以上になっています。

加えてAIの躍進、2020年の東京オリンピックによる経済の懸念があり、「組織」で生きる時代が終わることが十分にあり得ます。

 

そうなった際に、重要なのって「個人の価値」になるんです。

今は個人や少人数で活躍している人がいますし、その人にお願いしたほうがコストや手間がかからないということも多々あります。

そうなると、特に特徴もない、できることもない一般人はどうなりますか。

間違いなく相手にされませんよね。

 

そうならないために、無価値な失敗は極力起こすべきじゃないんです。

いくら同じ経験をした人はいないからといって、価値が本当にあるかまではわかりませんからね。

どうせなら有意義な成果を出して、価値を生み出せる人間になりたいものです。

まとめ

やったことによる失敗:有意義な成果であり、次へとつながる良いもの。あって損なし

やらなかったことによる失敗:無価値。四の五の言わずさっさとやれ。

 

今日はこれくらいで終わりにしときます。

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