楽しいことを感じられない病気

この2年間を振り返った話をしたいです。

唐突ですが。

 

以前同じような振り返りの記事を書きましたが、あれからいろいろ変わりました。

始めて1年経ったから、振り返ってみる

最大の問題点:楽しいことがない。

僕の現時点の最大の問題点は、苦痛を伴ってもやりたいと思える「楽しいこと」がないことです。

魂がこもらない。

魂がこもらなければ、質も出てこないし、継続してできるわけもない。

至極単純なことです。

何故その結論に至ったのか?

この1年間ブログを更新もせず、リアルの生活も非常に充実感のない生き方をしていた。

今までなぜ作業をしないのか?とずっと考えて、考えていたのですが、何も結論が出なかった。

ある時、亡き岩田聡さんの記事をほぼ日刊イトイ新聞で読んでいたんです。

その時に気づいたのが、問題解決の方法。

 

問題解決は目の前の問題を1つ1つ解決していくものだととらえがちだが

本当は全てを俯瞰してみて、どれを一番解決すべきか、根本はどこにあるかを見なくてはいけない。

と気づいたわけです。

 

そして僕がなぜこの1年間、何も作業をせずにだらけていたのか。

これを2日かけて相当考えて出していました。

 

その時は大まかにとらえて以下のように出ましたが。

  • 作業をしない
  • 掃除が面倒
  • 外へ出るのがつらい
  • 妄想だけで終わることが大半を占める
  • すぐに疲れてしまう

何故そうなるのかを考えたんです。何らかの意志がない限り、こうなるわけありませんから。

アドラー心理学的に言えば、自分の意志で感情や行動を選んでいるはず。

 

というわけで、少し言葉を変えてみたんです。

  • 作業をしたくない
  • 掃除をしたくない
  • 外へ出たくない
  • 妄想だけで終わりたい
  • すぐに疲れてしまうことにしたい

ここから分かったのは、僕は楽しいと思うことをしていない。

というより、楽しいと思っていないが正しいでしょうか。

「楽しいと思う」ってそもそもどういうことなのか

この話も日刊イトイの岩田聡さんの記事で読んだんですが

あることを労力をかけずにできるというのが長所という…と。

普通の人は楽しいと思えないことでも楽しめる、ご褒美をそこから自分で得られるというのが才能である、と。

 

僕に足りないところはこれじゃないか?

この記事を書くのも全く楽しんでいないわけではない。むしろ楽しんで書いている感がある。

でも、それが長くは続かない。

記事を書くことに対することでの報酬が、どんな形であれ何も感じられていない。

そこが大きな課題ではないのだろうか?

つまり、何かをすることにより、ご褒美を感じることができる…この回路が自分にないのが最大の問題点だと考えた。

では何ならご褒美を感じられる?

この「楽しいことがない」のを最大の問題点にしたのがここにある。

この問いに対する答えが出せないからだ。

 

僕には楽しいと感じるもの自体はある。音楽やら絵やら動画作成やら記事作成やら。

これらはやっているときは普通に楽しい。そこだけは間違いない。

 

しかし、途中でやめたり、やらなくなってしまうばかりだった。

今でも続いたことがない。

何故だろうか?

まだ確信がないので仮説を2つ立てた。

人の反応がないということがここまで辛いものだとは思ってなかった

一番感じるご褒美、いわゆる報酬というのが「人の感想」と「自信の確保」だということに気づいた。

よくよく考えてみれば、僕が挫折した、辞めてしまった原因は全部「人の感想」と「自信の喪失」が全部かかわっていた。

当時はプライドが傷つけられたから止めたと思っていたが、今思うとこの2つのどちらかでも足りなかったんだなぁと思う。

  • 作曲は教授の一言で挫折する。自信をなくして作曲アレルギー(当時は音楽という言葉すら聞きたくないほどだったようだ
  • 吹奏楽(部活)は最高学年で最初からやり直すことになり、部活が大嫌いになった(初めて学校で泣いた覚えがあります)
  • 動画は作ってあげてみたものの、反応がないので作る意味が感じられなくなり挫折した。
  • ブログは最初こそ努力はしたものの、他人との比較をし始めて作る意義が感じられなくなった。

最近は「自信がないだけ」が問題でしかないと考えていたが、どうしても人の存在を抜きにはできなかった。

結局「人からの価値」があるとわかって、且つそれに「自信がある」ことが楽しくできるんじゃないのかと。

悪い点を鮮烈に覚えて、見てしまうこの性格

ここ最近まで僕は「悪い点をよく見てしまうなぁ」と感じていたはいたが、今流石に常軌を逸したレベルかなと思い始めた。

というのも数日前から楽しい、面白いと思ったことを1日1個出してみることにしたのだ。

全く何も出せなければ僕に「楽しい」と思える感覚が強くないことが分かると思ったから。

 

結果は3日間ともに何も楽しいと思えることをかけなかった。

よく考えなくても、わかることだった。

今まで生きてきた経験を振り返ってみても、楽しいと思えることがほとんど挙げられない。

  • 山岳部は割と楽しかった。(何故か体力のない俺でも実力が高い方になれたから+仲良かった人と組めたからかな)
  • 歌うのは楽しい。(聞けるレベルではあるし音楽自体好きだから)

 

この楽しいと思えるセンサーが鈍いのも、ご褒美を感じにくい理由なのではないだろうか。

僕が一番最初にやることは何か

今の時点で人の反応に期待するのは、虫が良すぎる。

期待したところで、低クオリティ・面白くないとなればそれは誰も反応しないし無視するだろう。

 

まずは自分に自信を持てるように、技術を磨く。

これが最優先だ。

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